11月

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クローネンバーグ的黒ゴマアイス大福を食いながら馬鹿笑いをした夜から何日が経ったのだろうか。私は過ぎる日を数える術をすっかり忘れたまま、何年かの時間を生きたらしかった。黒ゴマアイス大福は原型を留めることをすぐさまに放棄して、たちまちにグロテスクな表面を私たちにさらけ出したのだった。それを見てそれまで眠くなっていた私はすっかり目を覚まして、口に物を含みながらゲラゲラと笑ってみせたのだった。今その私の手の届くところにはセブンイレブンで当たったキリン一番搾りのロング缶があり、500ミリリットルの飲料を欲しているわけでもない中で、順調に残量を減らしていくのだった。その何日も前、あれはいったいどれだけ前の事だったのだろうか、今はいったい何日なのだろうか、今日、お前は誕生日だったね。28歳だ。お父さんはその頃、クウェートにいたよ。お前はそのメールを読み、横にいた彼女とともにクウェート!とひとしきり感嘆したのだった。お前はお前の父が自分と同じ年齢の時代があったことを想像しようとしたけれどそれはうまくできず、少なくともお前と同じ年のときにクウェートにいたという、確かに前に聞いたことはあった事実に今一度つきあたり、クウェート、と思うほかなかったのだった。お前はクウェートの地図上の場所を知らない。お前が今知っているのは、サン・ルイス・ポトシ、あるいはオアハカ、コアウイラ、ソノラ、ユカタンその他メキシコの州の名前と、そのおおよその位置取りについてだった。なぜお前がそれを知っているかといえばこのいくらかの期間で、ケンブリッジ版世界各国史シリーズの『メキシコの歴史』と、鈴木康久という外交官か何かの人が書いた『メキシコ現代史』を立て続けに読み、メキシコの歴史について学んだからだった。学んだと言っても結局お前がわかったことはソノラとオアハカ等の場所ぐらいであり、あとは「いろいろなことが起こったのだなあ」ということぐらいだったから、読んだことそれ自体が無駄と言っても過言だった。それなりに私は、メキシコで何が起きてきたのか、ひと通りはわかったような気がした。

 

とても面白かった箇所。『メキシコ現代史』はポルフィリオ・ディアス政権が出来たところから描かれるのだけど、いきなりフルスロットルで(文章がではなくメキシコが)、「他方メキシコ市では、最高裁長官だったホセ・マリア・イグレシアスがレルド大統領の選挙に不正があったとして自ら暫定大統領を名乗った。そのためメキシコ市は混乱したが、ディアスもグアナファト市で自ら暫定大統領の就任を発表した」

自称他称含め三人の大統領がいるなんて!というたいへんな愉快さ。結局ディアスがメキシコ市を取り、レルドは国外亡命、その後国会はディアスを大統領に指名するが、ディアスは腹心の将軍をいったん暫定大統領に据え、自らイグレシアス一派の討伐に出向き、やっつけ、大統領選挙を実施、唯一の立候補者だったディアスが正式に大統領の座につく、という流れ。1877年のことである。たいへん愉快でたいへん好ましい。

で、そのディアスの30年ほど続く政権を断ち切ったのがマデロで、マデロはアメリカのテキサスでサン・ルイス・ポトシ綱領を発表。自らが暫定大統領である、とそこには書かれている。なんかゴチャゴチャあってめでたくディアスを倒す。1910年のことである。

そこ以降の10年ぐらいはちょっとわけがわからなくて、マデロを暗殺して政権取った反革命のウエルタを打倒するぞっていうので北方のカランサとかビジャとかオブレゴンとかが革命軍としてがんばって、南方からもサパタとかが出てきて、カランサ政権になって、と思ったら昔の仲間は今は敵みたいな感じになったりして、さらに革命勢力が独自に革命紙幣を発行していたりして、何が何やらわけがわからずとてもすごい。読んでいてとてもいい。そのあとの、しばらく元革命家が大統領という時代が続くときは、どの大統領も「xxxはオアハカ州に生まれ、小学校を卒業したあとは不動産業をしていたが、革命軍に参加し、実績を上げ」という紹介になる具合が好ましい。いろいろ起こりすぎてどんどん忘れてしまったが、「メキシコぉ」という感じで二冊とも楽しく読むことができた。来たる『2666』に向けて、多少は準備になっていれば嬉しい。

 

このところ少しだけ映画を見ている。映画館で見たのは青山真治の『共喰い』ぐらいだけれども、これはもう何言っていいかわからなかったけど物凄かったのだけど、そのあと何を見たんだっけか、ベルトルッチの『暗殺の森』、オリヴェイラの『永遠の語らい』、クストリッツァの『アンダーグラウンド』を見た。先日『カフカと映画』を見てその訳者解説で名前を見た影響であのなんだっけ、陰気な映画を撮る人、ドイツの、ドイツじゃなかったっけ、オーストリアだっけ、オーストリアかそこらへんのあの、ハネケだ、ハネケの『カフカの「城」』も借りて見始めたのだけど10分かそこらで眠ってしまい、きっとこれは見ることはなく返すだろう。『暗殺の森』と『永遠の語らい』がとてもよかった。『暗殺の森』は「うわ~、ファシズム~」という感じでとてもよかったし、踊るところはなんせ美しかったし、森のシーンもとてもよかったし、妻のふてくされた表情もとてもいい。その妻であるところのステファニア・サンドレッリが出ていたことは後で知ったのだけど『永遠の語らい』も、これは2006年の2月、文芸座のオールナイトで見た以来で、今回で3回目になるけれども、とても、7年か!7年ぶりに見て、今回が一番面白く見られた。歴史学の教授の母親が娘に各地の歴史を語っていくところをこれまでは多分そんなに興味深くは見ていなかったのだけど、今回はなんでだかとてもよかった。4人の語らいの場面も、そしてクライマックスももちろん。今まででいちばん取り返しのつかなさみたいなものを実感しながら見ていた気がする。それにしても7年。

 

7年とか8年とか、簡単に、簡単な年月ではないけれども、経ってしまうのだなと、それを思う。今週は火曜日が休みだった。昼飯を食い、家の方向に戻っていく途中で城下公会堂の前を通ると、店の前の黒板に塚本功という文字が書かれていて、それはその夜におこなわれるライブの告知だった。その時までそのライブの存在を知らなかったのだけど、夜に予定もなかったので行くことにした。私は大学時代のいつだかの時期にネタンダーズをとても好んで聞いていた時期があり、なんのきっかけで知ったのかは今はわからないし、多分何かのイベントとかで他の目当てがあって行ったときに知ったとかが妥当かなと思うのだけど、ネタンダーズが好きで、塚本功のみずみずしいギターと声、特にスキャットする声をとても好んでいたのだけど、今、私のすべてが記録されていると言ったら過言でしかないエバーノートで検索をしてみたところ2004年10月、ネタンダーズのCDを買っていることがわかった。9年前だ。僕は19だった。いや、10月であれば18だった。予想通り、お台場だか新木場だかどっかであったローライフで見て知ったらしかった。たぶんそのイベントにはフリスコあたりを目当てに行ったのだろうと思われる。9年。18。いくつもの歳月。ローライフでネタンダーズの出番はたぶん一番最初とかの時間帯だった。ライブの頭で塚本は今日は気持ちのいい日ですねとかいい朝ですねとかそういったことを言って、では「悲しい出来事」という曲をやります、みたいに始めたのだったと思う。それでとても笑い、そのあとにたぶん、とても好ましい時間を過ごしたのだったろうと思う。

だから、そういう記憶を引き連れるためというよりは、あのギターをまた聞きたいという単純な欲求に従う格好で夜のライブを見に行ったのだった。それは素晴らしいライブだった。俺はたぶん、目を見開かせながら、少し口角を上げながら、うわーとか思いながらそのライブを見続けていた。ただただ格好良かった。一挙手一投足がセクシーで力強かった。だからそれはとてもいい夜だったんだ。と彼は言った。

 

彼の店は土曜日の今日、さすがにこれは回し切らんわ、という忙しさになった。ここのところは忙しくなってもまあなんとかなるよねという程度だったから、この日の忙しさは彼を面食らわせたし、ワーカーズハイのような状態にもさせた。忙しいとき、最近の彼の脳裏には「サン・ルイス・ポトシ」という言葉が繰り返し浮かぶようになっていて、この日も彼はその都市名を、ただの音の連なりとして頭の中でループさせながら働いていた。サン・ルイス・ポトシ、サン・ルイス・ポトシ、サパタ、サパティスタ!サパティスタ民族解放軍を支援しているNGOの人のところに泊めてもらいました、と、この水木、行商で店に来ていたノックの帽子屋のノックさんが言った。彼は世界のけっこうな各地を旅行して帽子の生地等を買っている。チアパス州のサンクリストバルを訪れたときのことだと言った。サパティスタの人ではなかったそうだが、目出し帽はかぶっていたと言っていた気がする。なんだかすごい経験をしているなと思った。サパティスタ民族解放軍、EZLNという省略形を見るたびに、サパティスタのSはどこに行っているんだよ!と私は怒気を含んだ声で叫ぶことに毎度しているということはないのだけど、今「あれ、解放戦線だっけ」と思ってググったときに、「Ejército Zapatista de Liberación Nacional」のことだったと知った。Zだったのねー、というところだった。

 

メキシコの歴史を学んだのち、いくつか小説を読んでから年末に『2666』に向かう予定で、先日買ったバジェホの『崖っぷち』を読み始めた。クソ死神めが!みたいなトーンの小説らしい。これはコロンビアの小説だ。今日、Amazonで注文したオマル・カベサスの『山は果てしなき緑の草原ではなく』が届いた。これは中古で895円からあり、1200円でプライムマークが付いているやつがあり、それって送料無料ってこと?というところからとても悩んだ挙げ句、なんで送料無料がそんなに魅力的なのかはわからないにせよ、悩んだ挙げ句、勢いに任せて新品、2730円で買った。がんばれ、応援しているぞ、現代企画室、の現れということだった。1994年初版第1刷、2000部発行、とある。それが新品で届く。20年近く経って未だに2000にも満たないのか、そしてそれがまだ新品としてあるのか、と思うとなんというかすごい。買ったら「一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です。」になった。私が世界に与えた影響がこのように可視化されるのは好ましい。ざまあみやがれ!入荷時期は未定だこの野郎!一時的とか言うけどどれだけの一時なのかわかったもんじゃあるまい!と誰にでもなく啖呵を切りたい。これはニカラグアの小説だ。サンディニスタ!


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