エリック・ラーソン/悪魔と博覧会

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フォローしている方が面白い!とツイートされていたのを見て読んでみた。
悪魔と博覧会

シカゴ万博がちょうど先日やっとのことで読み終えたピンチョンの『逆光』の最初の舞台になっていたということもあるけれど、それよりもたいそうなシリアルキラーがいったいどんなシリアルっぷりを見せてくれるのかというところで購入に踏み切った、のだけど読んでいて興味をそそられたのはどちらかというと万博およびシカゴの町に関するものだった。

その時分の世界的な水準というのはよくわからないのだけど、シカゴの町はとんでもなく汚かった。

煤煙のせいで通りは薄暗く、ときにはワンブロック先さえ見えないことがあった。とくに石炭の炉がごうごうと燃えさかる冬場はひどかった。(…) 貧民街では生ゴミが路地に山をなし、巨大なゴミ箱からもあふれでて、ネズミやアオバエの格好の餌場になっていた。おびただしい数の蝿だった。犬や猫、馬の死体が放置されることも多かった。一月、死体は哀れな姿態のまま凍りつく。それが八月になると膨らんで破裂する。そのほとんどは、この街の商業上の大動脈であるシカゴ川へ放り込まれた。大雨が降ると川の水かさは増え、やがて脂っぽい水しぶきとなってミシガン湖へと流れこむ。そして、シカゴへ送る飲料水とりいれパイプがある塔のところまであふれた。雨のとき、マカダム舗装されていない通りには馬糞と泥と生ゴミの混じったぬかるみが、まるで傷口から出る膿のようにみかげ石の敷石のあいだからじくじくとにじみでた。(P41)

五月の第一週、猛烈な嵐がシカゴに滝のような雨をもたらし、またもやシカゴ川を逆流させた。今度も汚水があふれてシカゴの上水道が脅かされた。腐った馬の死骸が水道の取込口のすぐそばにぷかぷか浮かんでいるのが見えた。(P228)

その他にも馬の死骸が道の真ん中にみたいな描写があり、馬の腐乱した死骸のスケール感というのがにわかには想像できず、これはきっとすごいことだ、とうなった。馬はわりと大きい動物だと聞いたことがあるためだ。

 

しかし何より面白かったのはシカゴ万博のどたばたっぷりで、会場がなかなか決まらない、指揮系統がまったく機能しない、内紛やストライキ、不景気到来による資金の心配、工事もはかどらないし始まりすらなかなかしない、やっと工事が進んだ建物もハリケーンか何かで大部分破損しちゃう、落成式にはやっぱり間に合わなかった、落成式から半年くらいあいてのオープニング、どうやってそこまでに間に合わせてくるんだろう、きっとやってみせてくれるんだろう、なんせアメリカ、と思っていたら結局やっぱり間に合わず、だいぶスカスカの状態でスタート。中にはオープン翌日に施工開始みたいなパビリオンもあるし、パリ万博のエッフェル塔をしのぐというコンセプトで作られた大観覧車も「そびえたつ板囲いに覆われた半円形のスチールでしかなかった」という有り様には笑った。

だいたいこの大観覧車のフェリス・ホイールが作られるのが決まったのもオープン4ヶ月前とかで、そっから突貫工事で始めて、オープンから一ヶ月半後ぐらいにやっとできる、という感じで、国をあげてのイベントがなんだかもうよくわからない。結果的には特に事故もなく人々を回したみたいなんだけど、テストで動かしてみると「ハブやスポークのあいだからゆるんだナットやボルト、それにレンチが二本、ばらばらと落ちてきた」という状況で、著者はこれに対しては「このホイールの組み立てには総重量にして十二トン以上のボルトが使われていた」ので「誰かが何かを忘れるのはしかたがなかった」という寛大な姿勢を見せている。それでいいのか、シカゴ万博、という気分が満喫できてとてもよい。

しかも二十万人ぐらい毎日動員してパリ万博をやっつけるぞと息巻いていたのに、二日目からの動員は一万人とか。しかも安息日厳守団体の圧力に屈して最初の頃は日曜日の営業ができなかったっぽく、けっきょくはわりと成功したみたいだけどトータルで見たらウィキペディア見た限りだとやっぱり負けたみたいだった。

閉幕直前に市長が殺されるという事件があって、そして終わったらホワイトシティは一気にブラックシティに。溢れかえる失業者たちがパビリオンに住み着いて、火事が起こっていろいろ焼け落ちた。最初から最後までとても大変な万博だった。という一連の流れが本当に面白かった。

 

シリアルキラーのH・H・ホームズに関してはわざわざ殺人のために建物作って万博客宿泊用のホテルに改装して、そこには各客室にガス栓があって覗き穴があって、その他地下室ありかまどありで、ひたすら懐柔して、殺しまくって、ここまでくると人殺しが楽しくてどうしようもないんだろうなという感じで、そういう情熱を咎めるような気分にはさっぱりなれなかった。とにかく人心掌握が上手すぎる人物みたいで、この人がシカゴ万博を指揮したらもっとスムースにいろいろ行ってたかもねと思った。

 

以下面白かった箇所。

生牡蠣/モンラシェをグラスで/アオウミガメのコンソメスープ/アモンティリャード/網焼きシャッド元帥風/キュウリ、公爵夫人風ポテト添え/フィレ・ミニョン・ア・ラ・ロッシーニ/シャトー・ラフィットとリナール・ブリュット/アーティチョークのファルシ/ポメリー・セック/キルシュのソルベ/煙草/ヤマシギのトースト添え/アスパラガス・サラダ/氷菓―――ジンジャー風味/チーズ―――ポレンレヴェック、ロックフォール。コーヒー、リキュール/マデイラ酒、一八一五年もの/葉巻(P128)

「晴れたときは、南風にあおられた土埃で人も馬も前が見えなくなり、ひどく厄介だった。だがもっと悪いのは雨が降ったときだ。土を掘り返したばかりでまだ排水もできていないから、あたり一面どろどろの泥濘と化してしまう」
馬は腹のあたりまで泥のなかに沈んだ。(P173)

彼はチャールズ・チャッペルを二階の部屋に案内した。そこにはテーブルと医療器具、溶剤の入ったボトルなどがあった。チャッペルはそれらを目にしても、またテーブルの上に載った死体を見ても不審を抱かなかった。(…) 「その死体は頭からまっすぐに切れ目を入れて皮をはぎ、全体を裏返したジャックラビットのようだった。ところどころ、かなりの量の肉を切り取ったあとが見えた」

ホームズは、解剖実験をしたのだがもう作業はすんだと説明した。そしてチャッペルに三十六ドルの手間賃で肉をはがし、骨格を組み立てて戻してくれないかと頼んだ。チャッペルは同意した。(P196)

ホリングワースのアドバイスには、ときとしてヴィクトリア時代風の屈折したエロチシズムがうかがえる。たとえばシルクの下着の洗い方という章ではこう書かれている。「黒い下着の場合、すすぎの水には酸ではなく少量のアンモニアをたらすこと」(…) 「水一〇に対して塩酸を一加え、毎晩ベッドに入る前にこの混合液で両足を拭う」(…) 「煙草をパイプの柄で肛門に押しこむ」(P275)

二階と三階の客室はたいてい空いていたが、それでも男の客がやってくるとホームズはじつに残念そうなそぶりで満室だと答え、親切にもほかのホテルを紹介してやるのだった。やがて客室は女性客で埋まりはじめた。(P316)

下痢820例/便秘154例/痔21例/消化不良434例/異物が目に入った365例/ひどい頭痛364例/めまい、失神、極度の疲労594例/極端な鼓腸1例/激しい歯の痛みなど169例(P367)

ウェリントン・ケータリング・カンパニーはこの日に備えて貨車二台分のジャガイモ、ハーフバレルのビール樽を四千樽(約320トン)、アイスクリーム一万五千ガロン(5万7千リットル)、十八トンの肉を運び込んでいた。作ったハムサンドは二十万個、淹れたコーヒーは四十万杯にのぼった。(P412)


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