情婦(ビリー・ワイルダー、1957年、アメリカ)
2013年1月22日
逮捕から2週間後に弁護士が拘置所を訪れたとき、所内2階の渡り廊下を実にゆっくりした足取りで音もなく行ったり来たりする人物のシルエットが後景に映る。最初は囚人だろうかと思っていたが、囚人がそんな自由を許されているわけもなく、歩いているのは当然ながら看守である。『間違えられた男』でヘンリー・フォンダの首に牢獄の格子の影が巻き付いたときのような、不穏な予感しか与えてこない黒い影だった。看守と囚人、その錯誤が何か私の気持ちを粟立たせるようで奇妙に印象に残った。そんな錯誤の繰り返しで成立するこの映画を支えるのは実に経済的な語りで、退院すれば事件が舞い込み、夫人は自ずから事務所を訪れるだろう。あっという間に2週間が進み、すぐさまに裁判の日を迎える。
何重にも嘘をつき見る者を錯誤させ続ける冷たい目をしたマレーネ・ディートリッヒの姿がとてもいい。Damn you, Damn youの声が凄まじい。被告人のタイロン・パワーの汗だくの額、石黒賢を想起させるヒゲか眉毛。チャールズ・ロートンとエルザ・ランチェスターの掛け合いも耳にうるさいながらも心地がいい。
数年ぶりに見て、すっかり結末を忘れていたためハラハラドキドキできてたいへん好ましかったです。