3月、胃痛、不安、映画

cinema text

月曜に友人と飲みに行きけっこうへべれけに酔っ払ってようやっと家に帰り失神するようにして寝た翌日から体というか四肢というかが激しい倦怠感に苛まれ、それは昨夜寝て今は解消されているのだけれども、それとは別に胃が痛いのがどうしても消えずけっこうなところ苦しいので今日は薬局に行って胃薬を買う羽目になった。薬局に入ると棚の並ぶ通路を若い男がレジに向かいながら「あのコーヒーがないんだけどー」と店員に大きな声で伝えていた。禿頭の店員は謝るような声を出していたので、胃薬は自分で選んで買った。買ったことのないものなのでどれがいいかわからなかったが、16包980円のやつを買った。飲んだらシナモンの風味で飲みやすくてよかった。成分を見てみればたしかに桂皮がいちばん含有量が高いものとして書かれていた。

 

胃が痛いため食事をすることが億劫で、さっぱりしたものを食べるか、何も食べないぐらいが気分としてはちょうどいいのだけど、夜になればビールを飲んで、それからポテチを食べたくもなるもので、それはどうも抑える気になれなかったので先ほど千円札を握りしめコンビニに行った。コンビニに行くとなぜかレジには5人ぐらいの列が出来ており、並ぶのも癪だったため雑誌コーナーで突っ立っていたら、凹んだお腹を作る体幹トレーニングみたいなことが書かれた、サッカーの長友が表紙の雑誌が置いてあり、どれどれ、と思いめくり、頭に叩きこんで帰って実践、と思っていたが思いのほかに覚えることが多そうだったので買うことにして、それが680円で、元々ビールというか発泡酒とポテチとお茶を買うつもりの千円だったので、間に合うだろうか、とiPhoneを出して電卓アプリを起動、ポチポチと足していくと1092円と出る。ズボンのポケットを探るといくらかの小銭がある。90円。足りない、どうするべきか、と思ってもう片方のポケットになんとなく手を入れたところ10円玉を発見し、無事会計。とてもお金に困った人のような振る舞いだった。

お金に困ったと言えば先月クレジットの一つが200円ほどの差で落ちず、銀行で振り込むことになった。私は個人の口座は引き落とされる分を充当するだけですべてを事業用の口座に入れてしまっているため、毎月毎月けっこうギリギリのラインでいたのだけど、今回とうとうやらかした。信用情報的に一度の引き落とし失敗はどう影響するのだろう。借入をする気もないし、それこそローンを組んで住宅をとか車をというつもりもないから、信用情報がどこに活きるのかもわからないが。

 

それにしても胃は着々と痛く、たしか、去年も夏だったか、もっと前だったか、時期は忘れたけれどいちど胃を痛くしたことがあって病院に行って内視鏡検査等をおこなった。真面目な検査などほとんど受けたことがなかったので、受けるだけで腫瘍があるんじゃないかと深刻な不安に陥るような心地だった。

サラリーマンのときには経験したことのなかった胃痛というものをこうやって立て続けに起こしている自分を見るにつけ、まあ、なんというか、一生懸命がんばってるもんね、と思わざるをえない。かつては金の心配をすることなどなく、仕事だって、失敗したらそれはそれでいいし、成功か失敗かとか線引きよくわからないし、適当に、上司の顔色伺いがいちばん大事、だけどそれすら上手くやれないけど、ぐらいのところで、日々を漫然とはいくらでも過ごしたけれど、キリキリと目一杯みたいな状態で過ごしたことなんて一度もなかった。それが今では、朝から晩まで、体力的にも精神的にもひどく削られる働き方をしているし、金や先の生活のことが頭から離れる日なんて一日だってない。今のところは心配する必要のない水準が維持されているのだけど、心配というのはなんというか、そういう足元のこととは関係ないらしい。つくづく、サラリーマン時代の自分は、お金を稼いで、そして生きていく、という実感が乏しかったんだろうと思う。会社にいたところで40代そこそこで退職を促されることなんていくらでもありそうだったのに、なんでそこに対しての心配はリアルなものとしてなかったのか。なんでとは言ってみたものの、それも全然仕方がないというか、かつては自分が生み出す価値への対価としての給料と言われたところで、これ俺なんもやんなくても同じ額もらえるんだよね、現に俺なんも価値生み出せてないしね、だけどもらえちゃうんだよねなぜか、というような、他人ごとの感覚がとても強かったのだけど、自分が作ったものを出してその見返りにその場で金をいただいて、それが積み重なって、というのを毎日目にしていると、それはまあ、違う感覚になるのも当然だろう。

 

胃が痛い。

昨日の夜も閉店後に夕飯を食べ、胃も痛いし、肩から鉛でもぶら下げているのかと思うほどに腕があまりにだるく、疲れ果て、店の二階で気がついたら眠ってしまい、寒さに耐え切れずに起きた彼女の物音で今日は5時半に起きた。これはラッキーだ、休日を長く過ごすチャンスだ、ということから7時から開いているカフェに行ってモーニングを食べコーヒーを飲み、店のブログを書いた。車でいくらか動いていると昼だったのでうどん屋に行ってうどんを食べた。驚くほどおいしくなかったので驚いた。いつ見ても混んでいる店だったので、驚きはなおさらだった。

銀行と薬局等に寄ってから店に戻り仕込みをした。火に掛け始めてから4時間は掛かる作業だった。眠くなったので30分ほど寝た。日が暮れる時間になった。店で彼女と二人、残り物で夕飯にした。と書くとすごくわびしいのだけど、美味しいのでわびしくもさびしくもない。それにしても7時、12時、7時なんていう食事は奇跡だ。

家に帰り、映画を見た。何夜も途中で寝ていたオーソン・ウェルズ『黒い罠』、フランシス・フォード・コッポラ『ヴァージニア』、真利子哲也『NINIFUNI』の3本を見た。ウェルズはなんかこう、すごいなあと、『イメージの進行形』の言及箇所を読み返すのが楽しみ。コッポラはなんだか本当に自由だなあと。『NINIFUNI』はそのロードサイドっぷり、車の轟音、景色の美しさ、痛ましさ、静けさ。宮崎将のたたずまいもすごかった。宮崎将とももクロと海を収める画面の冷酷さとか。とか言いながらも最近は不感症気味というのか、何を見てもたいして面白くないというか、面白いと思いながら見ていても自分の中に何も爪痕が残らないような気がしてとても嫌だ。

 

何も残らないような気がしてとても嫌だ。


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