10月、ブッチャーを待ちながら

text

ブッチャーを待ちながら

 

ブッチャーを待ちながら店にてずっと。

 

閉店後の店でotomitsuの『BEATSSSSSS』を聞きながら酒を飲み煙草を吸う。10月に入ってからはずっと、一つの出来事にずいぶんと取り憑かれてしまって他の何にも手がつかない、本読まない映画も見ない飯すら食いたくないという感じで、一方で店は妙に日々忙しく、精神的にも肉体的にも疲弊して片付けを終える前に店で寝てしまうこともあった。何回もそんなことがあったような印象があったのだけどよくよく考えてみたらそれはおとといの一回だけだった。なにごとも大げさに言いたがる心性はいったいなんなのか。

気分としてはようやく落ち着いた感じなので、このあとは秋を享受したい。この夜はとても寒い。なぜか、なんでなのか今ジャック・アタリの『ノイズ― 音楽/貨幣/雑音』をちょぼちょぼと読んでいて、なんでこれ読んでるんだろう、と思いながら読んでいる。難しくてよくわからないけれど「へー」という感じで面白いのと、ときおりものすごくかっこいいことが書かれるので頭を射抜かれるのが気持ちいい。これを読みながら、先日読んだドミニク・チェンの『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』を思い出したりしている。それから『eris』にあった「アイ・ラヴ・ユア・スマイル」とかが、有機的にというわけではないけれどぼんやりと、つながった事象として頭のなかで響き合っている。

私は音楽をやるわけでもないし音楽産業がどうなろうと知ったことではないのだけど、いったい何を学びとりたいのだろう。

 

言葉を書く訓練。しばらくされていなかった、自分による自分のための言葉を紡ぐ訓練。ぼやけている、意識が。寝汗を毎晩かく。Tシャツがぐっしょりと濡れて脱ぐ。寒くなる。今年から手があかぎれを起こして痛い。絆創膏を6箇所に貼る。水で濡れてすぐにはがれる。様々のことがどうでもよくなるが、「精進したい」と書こうと「しょうじんしたい」と打つと「消尽したい」と変換された。ヴァニッシュメント。と思ったら消尽は「すっかり使い果たすこと」という意味といま知った。英語にしたらvanishmentではなくてquenchingと出た。本当なのかどうかは知らない。

 

先週だか先々週の休み、ブログを書こうと思って「ブッチャーを待ちながら」と打って、そのまま終わった。その日は休日で、だけど店で仕込みをしなければいけなくて、前夜に肉の注文を入れていて、ブッチャーが来るのをずっと待っていた。注文を入れたのが深夜だったのもあって、ブッチャーがやってきたのは午後3時半で、店に着いてから4時間以上が経過していた。そのあいだ、コーヒーを入れて外に椅子を出して本を読んだ。ジャック・アタリの『ノイズ― 音楽/貨幣/雑音』を読んでいた。なんでこれを自分は読んでいるんだろうと思いながらも、面白く。ジャック・アタリ・ティーンエイジ・ライオット。


« »