紐育(ニューヨーク)の天使(リー・ガームス/ベン・ヘクト、1940年、アメリカ)

cinema

今読んでいるマヌエル・プイグの『リタ・ヘイワースの背信』の中に「リタ・ヘイワースは『紐育の天使』のなかでくるくると踊る、パパはそれを気に入った、取り立てて見るところのないこの小品にあって、小悪党のダグラス・フェアバンクスJrと無人の劇場にやってきたリタ・ヘイワースが突如、目をきらきら輝かせてくるくる回り出す、あの場面、そのときの彼女の姿はいちばん好きだ、そうパパは言ったんだ。この日はいつも映画はママと僕と決めているのに、パパが珍しく行くというから家族三人で映画にいったんだ。パパにはおもしろくないわよ、ああ心配だわ、パパには面白くないわよ、そしたらほんとに気に入っちゃって!きてよかったと大いに満足し「これからはお前たちと一緒に映画にいくぞ!」だなんて言うんだ。パパはリタ・ヘイワースがいちばん好きな女優になったって言っていた。僕は、パパが機嫌よくしていたからそれはすごく嬉しかったけれど、本当だったらもっとリタ・ヘイワースを見られたらな!って思ってた。なんだか、酔っ払った太ったおじちゃんが悪事をけしかけたり、ヒゲをはやしたダグラス・フェアバンクスがあんなに可憐なリタ・ヘイワースを売女って言って罵るから、それが嫌だったんだ。リタ・ヘイワースもなんであんなに急にニコニコしたり悲しんだり怒ったりするんだか、よくわからなかったし、なんであんなヒゲなんかと駆け落ちしちゃうんだって思った。僕のほうがよっぽど彼女を大切にするのになあって、そしたらパパは、僕はそんなことは一言も言わなかったんだけど、リタ・ヘイワースはとってもよかったけれども、話はなんていうことはないな、なんて言い出す。ママと僕は顔を見合わせてから、おんなじことを、パパ、僕たちもおんなじことを思ったよ、ってそう伝えたんだ。監督の名前がポスターにあったけれども、一人はカメラマンで、もう一人は脚本家が本当のお仕事なんだってママが言ってた。ふたりとも、それぞれの仕事ではいいことをしているけれども、監督が二人で、二人とも監督として立派っていうわけでもないと、作品は迷走しちゃうのかもしれないわね、なんて、そうしたらパパが批評家みたいなことをいう女はいけすかない、ってやっぱり機嫌を損ねて、僕はだから慌ててパパ、パパ!どこかに寄ってサンドイッチでも食べながらお話をしてよ!リタ・ヘイワースのことをもっと聞かせてよ!そう言ったらパパは「俺はもうつまらん」っていって、僕たちはだからまた叱られやしないかとビクビクしながら家に帰ったんだ」という一節がない。


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