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漱石の『それから』を結局読むことにして読み始めたら今日の夕方に読み終えた。最後に目の前で広がるくるくると回る炎にやられて終わることは覚えていたけれど印象としてはもっと愉快というか、とうとう求職活動しに町に出るので電車乗ったらクラクラしちゃったみたいな、そんな重大でもないような、というか笑っていればいいような、そんな気分でかつて読んだような印象があったのだけどとてもそんなふうに愉快な心地でいられるものではなくて、途中から、代助が苦しくなっていくのにつれて読む僕の心地も苦しくなっていった。暮らしの逼迫が精神を醜くする。というのはいまだ働かざる代助の予測でしかないけれど、ある程度それはそのとおりだと僕は僕の暮らしのなかで感じているので本当にそうで、と思いながら随所で本当にそうで、と思いながらどうしようかと途方に暮れながら読んでいた。代助の不安が、近年やみくもに使われるようになった舶来の言葉で代助はあまり使う気が起きないしかし不安と呼ぶのがもっとも適切と思われる代助の不安が、僕にも乗り移ったように不安を感じ続けた、悲しい、なんだかすごい悲しい、なんだかすぎお悲しし。すなんだかすごいかなしい、なんだかすごくかあしくてどうしうおたらいいかkwかんらい。なんでこんなに悲しくなるのだろうと思いながら、あまりこうやって移入しながら読んじゃ消耗するから不可ませんな、と主ながら読んでいた、というか今ちらちらとペ0時をまためくりながら読んでいるおそそれだけで悲しくなってくるからほのうに聞けないお個tだなとおもtた。

 

は運。この、何に値してだかわかrないあ不安を、何に対して赤わかないkあkらこそどう対処したら良いのかわかあない不安を、それからをッ読むことでぐっとつかれまれて引きずり出されたような気がする。腹のうちにあた不安が鷲掴みにされて、取り出されて、ぬらぬらと目の前で光っているような気分がある。ただしのそのs招待はいまだわかあない、目の間で光っている、見難く光っている、ということだけは見える。あなしい。

 

 

昨日は台風だったので昼の店を閉じた。それで映画にいった。初台駅前のバス停に停まっていたバスに乗り渋谷駅まで持って行かれて降りるとすぐに屋根にまもられ、またほんの隙間だけ空の下で傘をさして私鉄の地下におりた。ただの迷宮だとこれまでもっぱら迷惑なものとして見ていた渋谷駅の地下だったがなにか案内をしている方に道を聞いたところそのままいけるというので明るい心地になり、言われたようにいったところそのままずっと遠くまで出ることができた。あかるいが暴風と雨の外が見えるエスカレーターをあがりそとに出るとひとつ短い横断歩道を渡ったらそこが目的地だった、実に快適な移動だった。その足をずっと高いところまで上がらせて映画館に入ると1本2本と映画を見た。『ハイ・ライズ』と『イレブン・ミニッツ』を見た。それが終わると映画館から外に出た。また地下にすぐに移って、ずっと遠くまで歩いて井の頭線の至近の出口から地上にあがってほんの一瞬間だけ傘にまもられてすぐに井の頭線に続くエスカレーターのところについた。それで渋谷駅の井の頭線の改札を臨むとひとつの記憶がよみがえってきた、胸にあたたかい心地がやってきた、それからぎゅっとかなしいような心地もやってきた、心配のような見守るような心地もやってきた、それらを通り越してホームに入り込みやってきた電車のなかにもぐると椅子に深く座って目を閉じて開けたらまだ途上でもう一度目を閉じて開けたら吉祥寺駅だった。降りた。吉祥寺駅から出て北に上がり傘に入ってほんのすこし歩いたらアーケードの屋根に守られたため傘をしまった。そのまま地下の喫茶店にはいった。カレーとアイスコーヒーで長い時間を過ごして「それから」を読んでいた。台風の影響で公共交通機関に影響が出ており今晩来るはずだった人が来れないかもしれないと今晩飲むはずだった人が連絡をよこした。僕はずっと台風の影響をほとんど受けずにこの日を過ごしていたため予定を中止するような人があることに驚いたが調べてみたら木が倒れたということだからそれもやむをえないように思った。フランク・オーシャンの歌っているのを耳で聞いていた。それから時間が迫ったためうえに上がると雨はもうほとんど降っていなかったから傘はしまったままにした。泣きそうな気配を感じた時に眉間に皺を寄せて下唇を鼻のすぐ下まで持ち上げると、泣きそうな気配がむやみに加速される。泣きそうでないときに実演してみても同じ効果がある。いとおしさと切なさのようなものが身を千々に切るようなこわさがある。おそろしく泣きそうな心地になる。かなしい。ただかなしい。ぼんやりとただかなしい。なにがかなしいわけでもないしなにがありえたわけでもないしただかなしい。友だちと3人でロシア料理とグルジア料理の店にはいって主にグルジア料理を注文して食べた。ヒンカリ、しかいま思い出せなくなった。ハ行から始まる料理がいくつかあった、ハッチャビみたいな、でもそうじゃない。どれもおいしかった。牛肉と米の辛いスープがおいしかった、パイ生地とチーズの焼いたのがおいしかった、ヒンカリはパクチーの入った小籠包のようなものでおいしかった、毛皮のコートを着たニシンというやつがおいしかった、ビーツとニシンとじゃがいものミルフィーユのような料理だった、ウォッカをどうこうした酒もおいしかった、全体に食べ慣れない味なような自然と受け付ける味なような、総じてとてもおいしかった。途中で友だちの妹が合流したので4人になった。そのあとでハモニカ横丁の3階が屋上のような席になっていて隣の建物の屋根や駅前の高層のビルが見渡せる風が通り抜ける気持ちのいい場所で飲んだ。おもしろいこともあった。帰った。明大前で友だちと別れて初台に向かう電車に乗ったつもりであったら目を開けたら下高井戸止まりの終電で、眠気まなこをこすりながら駅員の方に行き先を伝えたら道路の行き方を教えられたため事情を知った。寝過ごしたらしく、タクシー乗り場に出たらタクシーが来て乗る人にどこに向かうのか二人に尋ねたら二人とも調布方面とのことだったので一人で車に乗って初台まで向かってもらった。新宿方面に乗る人があれば乗り合いでいきたかったというところだったが残念ながら下高井戸の終電の時刻は確かにそういうものかもしれなかった。初台にどうにか戻ることができて、普段乗らないタクシーに乗る乗り方がこんなようなものであることが後悔された気がしたが、できるだけ楽しい夜に生じたハプニングとして処しておきたく思った。すんなりと寝入った。激しい金切り声叫び声を挙げて、その数分後にはたと気がついてすいません営業中だと忘れてて、ごめんなさい、ごめんなさい、と謝る、何人かの方が続けて来られてオーダーが立て込む、一つのオーダーをこなすのに途方も無い時間が掛かってしまい、焦る、二人分出したところでもう気が遠くにいってしまったらしくそれきり作るのを諦める、というろくでもない夢を見た。なにに怯えているのか、なにを懸念しているのか、まったくわからない夢だった。


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