7月、Shhhhh…Hush…Hush, Sweet Charlotte

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日曜日の晩、店を閉めてから城下公会堂に行った。ShhhhhとDJ威力のイベントだった。行ったときはShhhhhとモデラードミュージックの岡本さんという流しのCD屋さんのトークセッションが始まるところで、これがとても面白かった。

話の折々に曲を流すという流れで、そのときに出てきた固有名詞はnora sarmoria、maria joao、ramon montoya、josephine foster、chano dominguezといったところだった。どれも知らない人で、その都度間違ってなさそうなスペルのところまで打って予測を待ってこの人かなと見当をつけてコピペしてメモしておいたのだけど、Shhhhhという音楽家がどういう背景を持っているのかが知れ、知らない文脈の音楽を知る機会をこういうふうに与えてくれるというのは、とてもうれしい体験だった。そのあとにShhhhhのDJがあり、とてもよかった。後ろは話し声が賑やかだったので前の方に行って、すごく充実した気分で音を浴びていた。ズンチャカズンチャカが入りだすとすぐにどうでもよくなるのがこの日も出て、「踊れる」音になった途端に興味を失って後ろに戻って座った。人々は前の方でけっこう波打っていた。私はクラブに向いていないんだろうなと思った。威力の途中まで聞いて帰った。みんな知り合いみたいに「威力ちゃん」と言っていた。

それにしても、トークセッションとてもよかった。こういう試みがどんどんされたらいいなと思う。音楽に限らず、映画館も同じことやったら面白いのにとも。上映後にスタッフないし館長が講釈を垂れるとか、話されることが面白ければ見に行く動機にもなりそうだなと。コンテンツ丸投げして終わりじゃ厳しいんだから、うんぬんかんぬんと。

 

お客さんがとんと来ない日には、ゆっくりできるし本をたくさん読もうと思う日と心細い日があって今日は後者。降ったりやんだりを半端なリズムで繰り返す天気で夜は肌寒く、杉本拓のギターが間欠的に鳴り、彼女が踏むミシンがガタガタ言い、煙草の煙が目の前から上がる。さっきまで気持ち悪かったお腹はなんだったか。数日前に届いていた箱をやっと開けて新調したメガネを掛けてからだったけれど、それは同時に、遅めの昼飯を食べてからだったとも言えるし、あるいは、コーヒーを飲んでからだったとも言えるし、何が原因かはわからない。いずれにせよもう治ったからいいのだけど、心細い感じは消えないで今夜は続きそう。

 

店から見えるのは東の空で、暮れて、まだ光が残るころ、低いところを流れるというよりは横たわる大きな雲が東のずっと奥の暗いところに向けて目に見える速さで移動していった。外に出て見上げると、すべての方角から、その一帯に向けて雲が移動しているように見えた。重い雲が東に移ったあとの頭上の空は明るさを取り戻して、すぐにまた、今度は夜の訪れによって暗くなった。

 

昼間、濱口竜介さんのお友だちの方が今度のレトロスペクティブのチラシを持って来てくださった。7月28日から8月10日まで、渋谷。岡山の小さなカフェに渋谷の特集上映のチラシ。

それにしてもまだ見ぬ「日本映画の最前線」を目撃したくて仕方がない。また東京にゆけということだろうか。

 

昨日は休みで、映画を見に行ったりケーキを食べたりしたあと、強いにわか雨に打たれて服を濡らしたあと、インターネットカフェに行って延々と『宇宙兄弟』を読んでいた。彼女がお客さんの若者から途中まで借りたやつで、昨日読み始めたら面白く、二人とも続きが気になって仕方がなかったのでネットカフェを利用した。3時間ぐらいのつもりが結局6時間ぐらい、1時過ぎまでいてしまい、二人で5600円も取られた。最初から、七夕カップルパック5時間二人で2000円みたいなやつにしておけばこうはならなかった。自分たちを侮って、七夕カップルパック2時間二人で1000円みたいなやつにしてしまったがために、5600円も取られるはめになった。だから昨日は彼女の誕生日だった。


6月、終わり

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前提としてあったはずの体というか肉体というか身体というか身体というとおおげさというか苦手なので体か肉体がその前提のはしごを外されて、ふいに違和として現れるときがたまにあって、要はひたすらにむずむずというか、もやもやというか、何かそういった感触というかいややっぱり違和として急に存在をアピールしてくるという状態で、そうなったとき本のページをめくる手すらも、煙草の煙を受け止める喉すらも、あるいは半袖が掛かる肩やジーンズの当たる太ももすらも、メガネの掛かる耳、あるいは鼻梁すらも、変である。体から抜け出すか、体がなくなるか、どちらかしか逃げ道はないような感覚にとらわれる。当然、この打鍵をしている指もおかしいし、そこからの延長にある腕も、気持ちが悪くて仕方がない。どうにかその状況に対処しようとして自分にできることはストレッチだけで、でも結局それはなんの解決にもならない。体に、妙な力が入っているのだろうかとアルコールを摂取してみるけれども、今のところそれが功を奏しそうな気配もない。寝て起きればなくなるし何かに没頭すればいっときは失せるのだけど、意識し始めるとこんなに厄介なことはない。

 

* * *

 

店にいると知らないお客さん同士が話し始めてけっこう長く話すというシーンをよく見かける。そこで発揮される人々の社交性に毎日のように驚かされるしほとんどおののく。自分もかつてそういうときがあったような覚えがあるのだけど、漸進的にそういう能力がなくなっていくような気がする。人と何を話したらいいのかまるで見当がつかない。トピックなどどこにも見当たらない。
 

* * *

 
ビールを二缶飲んだら眠たくなってしまった。友だちたち。かつてなんと呼んでいたのかも思い出せない友だちたち。


トマス・ピンチョン/逆光

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去年の末から読み始め6月末、やっと読み終えることができた。上下合わせて1600ページ超とは言えまさかこんなに掛かるとは思わなかったというか、度重なる浮気の果ての読了。不徳のいたすところとしか言いようがない。

期間的に飛び飛びの読書だったこともあり、あとは何十人規模の主要(!)登場人物と脱線に次ぐ脱線の語り口にもやられ、あるいはあまりに格好良すぎて惚れ惚れする描写に釘付けになって、物語を追うことはどんどんできなくなって途中でほとんど放棄して、いったいどんな因果でこの人こんなことになっているのか、まったく覚えないまま読んでいたのだけど、この小説を巡る私の行為は、ものすごい複雑で巨大な要塞というのか城というか、とにかく何か大きな迷宮的なところをひたすらに歩き続けるようなものだった。見えているのは目の前だけという。

ピンチョンが構築した諧謔と感傷と博識の途方もない城の中で、その都度その都度の、目の前に現れてくる景色に目を奪われ、少し歩いたら疲れて休み、また歩き出して次の角を曲がったら再び見たことのない景色に出くわして、という繰り返しだった。『失われた時を求めて』を読んでいたときに似た、登場人物たちの歴史や時間が自分の生の記憶として堆積していって、それらが何かの刺激でふわっと浮かび上がってくるというような、そんな体験となった。いやもうとにかく、目がくらむというのはこういう感じですね、という感じでした、ということでした。

 

ピンチョンどれどれ、という方はこのエントリーを読むといいかもしれない。読む気が起きるかもしれないしなくすかもしれない。
読みあぐねている人のためのピンチョン入門 (逆光 – トマス・ピンチョン) – 青色2号

 

逆光〈上〉 (トマス・ピンチョン全小説) 逆光〈下〉 (トマス・ピンチョン全小説)

6月、下旬、トーキョー

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6月に入って店のブログを始めて、それらしいことを書いて何か書いた気になって、そんなのは本当に唾棄すべき、自己すらも満足させられない満足の破片みたいなものでしかなくて、ただ虚しい日々が過ぎていく、というほどでもないというか梅雨はいいもので、雨が降り注ぐ景色を見ることは優しい。

打鍵すべき言葉などもはやなくなってしまって久しく、3日の休みを作って久しぶりにトーキョーに行ってきた。前日に重い腰を上げて高速バスを予約しようとしたら3列独立シートのバスは満席で、やむなく4列シート、4列のびのびシートですらなく4列シートを予約した。地獄が待ち受けていることは覚悟していたけれど、日曜の晩、仕事を終えて準備をしてビールを買ってバスに乗り込むと、思い描いていた以上にしんどい座席だったので朝が来るまでのあいだに尻がいかれた。耳で落語とブルーハーブを聞いていた。それらは夜行バスで、他に何もできない状況で聞くにはとてもいいものだった。

朝、予定より1時間ほど早く新宿駅についたのでせっかくの東京観光なので東京タワーに行った。大江戸線の乗り場に向かう途中で古書祭みたいなものをやっている広場に出くわしてしまい、たいへん時間をとられて結果的に『プルーストに愛された男』、蓮實重彦インタビュー本の『光をめぐって』、それからエリック・ロメールの短篇集とちくまの落語本を買った。古本ないし古書は私は基本的に買わないというか、偶然のめぐり合わせで本を買う、という習慣を持っていないので買わないし、なんせ、私にとって読書とは購入時につけてもらったカバーをはずして本棚におさめることで初めて完結する行為であるので、カバーがつかない古本は私にとっては重要な要素が抜けてしまうので敬遠してしまうのだけれども今回は並ぶ本に目を奪われ、その並び方に本への愛とか敬意とか間違えのない知識とか造詣とか、その他諸々、要は気分がよくなったのであれこれを買った。それが後であだになった。

 

曇り空のなかで赤と白の塔は高くそびえていて、外国の人の方が多いような印象だった。仕方がないから外国の人の肩をちょんちょんとつついてキャナイテイクアワピクチャと言った。後になって、キャナイってどういうことだ、ウジュであろう、と思い後悔をした。後悔をするなんて久しぶりのことだった。私は東京タワーから東京を見下ろした。どこが何でどうなっているのか、もはや何も知らなかった。

スカイツリーがどういった状況なのかは知らないし東京タワーがどのぐらい終わコンなのかも感覚としてはよくわからないのだけど、電波塔としての役目を終えた東京タワーにいることは、何か、奇妙な寂しさを私に与えた。天井に変な装飾がされていて、しばらく放置されている様子だった。タワーボーイズという3人組の男性アイドルのポスターを何箇所かで見かけた。終わコン感が素晴らしく助長された。

 

そのあと、東京には空はなくとも緑はそこここにあるものだと感心しながら下北沢に移動し、今回の旅行の目的というか端緒となったチクテカフェに行った。先日の晩に珍しくクウネルをめくっていたときに取り上げられていた店で、雑誌自体は2003年か2004年のものだったのだけど、そこでオーナーの女性がカウリスマキの映画に出てくるような暇な店をやりたかった、のだけど大人気になってしまって大変になった、というようなことを発言されていて、そのあとググったりしていくなかで、どんなにそれは素晴らしい場所なのだろう、と思って行ってみたかった。7月の半ばに閉店される、という情報も今回の旅行に拍車を掛けた。着くと、行列ができていた。平日の昼、私たちはけっきょく3時間半ぐらい並んだ。昼飯を食べに行って、並びに並んで、その間に半年かかったピンチョンをやっと読み終え、店に入ったのは4時だった。学ぶことがいくつもあった。カフェとは何なのか、考えた。それにしてもあの行列は気違い沙汰だった。カウリスマキの映画に出てくるような暇な店を思い描いて始めたオーナーの方は、あの大人気っぷりに対してどういう思いを抱きながら何年もやっていったのだろうか。どういう気持ちの遷移があったのだろうか。

そのあと三軒茶屋まで歩いて、大学時代、わざわざ湘南台から新宿までの定期を買ってまでして東京に行っていたけれど、けっきょく、行動範囲なんて限られたもので、それぞれの町の映画館に行く、その近くの本屋に行く、近くのカフェとか、スタバでも、本を読める場所に行く、たまにクラブに行ったり、ライブを見に行ったりする、というぐらいしかしておらず、そうなると必然的になのかはわからないけれども自分が利用する路線の路線図こそ頭に入れどそれぞれの町の地図上の位置などまったく知らないままに成長して、その帰結として下北沢から三軒茶屋まで歩けるということはついぞ知らないままだった。近かった。

けっきょく私がやっていたことは要約すれば湘南台から下北に出て井の頭線に乗り換えて神泉で下りてシネマヴェーラに行って映画を見てブックファーストまで足を伸ばして文化村の前のスタバでそれを読む、帰りの電車で続きを読む、という繰り返しだった。それぞれの町のことなんて何も知らない。

三軒茶屋では以前友人がたいへんおいしいから、と薦めてくれたカフェ・オブスキュラに行ってコーヒーを飲んだ。嫌な酸っぱさがまったくなく、まろやかで、好きな味だった。コーヒー通の人はコーヒーの良い酸味というのはとても良いものだと言ってくるけれど、おいしい酸味というのを私はいまだかつて知ったことがなくて、そんなことでカフェをやっている。

 

渋谷でいったん彼女とは別行動を取ることにして、彼女は吉祥寺に向かった。行き方と目黒までの帰り方を丁寧に伝え、見送ると、彼女は人の流れに流されて吉祥寺行きの各停に吸い込まれていった。その頼りない足取りと後ろ姿を見ているとなぜか胸がしめつけられるような気がした。途中の駅で気づき、急行に乗り換えた。そのあとハモニカ横丁の飲み屋に行って、人々のやさしさに触れた。私は一方で、目黒でビジネスホテルにチェックインし、そのあと友人と落ち合って飲んだ。賑やかなところでビールが数百種類はあろうかというところだったので声を張り上げた。出るころには喉が疲れていた。彼女と合流して安心した。

二日目、鎌倉に行き、キビヤベーカリーでこれまで食べた中でいちばんおいしいクロワッサンを食い、そのあと鎌倉ビールを飲み、ずっと浜辺を歩いた。海はもっと汚れていると思っていたのだけど澄んでいて、海の家が組み立てられている最中だった。海面が無数の光を放っていた。いろいろな人が戯れていて、自分もその一人であることはわかりながらも、この人たちは平日のクソ昼間からなんて素敵な時間の過ごし方をしているのだろうと思わずにいられなかった。鎌倉は彼女も気に入ったらしかった。盛んに気持ちいいと言っていた。ただ、主に本の重さにより、バッグを掛ける左肩がひたすらに痛かった。買った本に加えて、ピンチョンと保坂和志の『カフカ式練習帳』が入っていた。

ずいぶん歩き、タベルナ・ロンディーノに行った。大学時代から何度か行ったことのあるイタリア料理屋で、私は大好きだった。嵐の夜に同居人と同居人の彼女と行った晩は、何か、嵐の中の運転の感じや、三人でおこなう他愛もない話や、あるいは給仕のおじちゃんのプロフェッショナルで親しみやすい人柄が思い出され、今でもとても何か、こう、あれはもしかしたら大学生活の終わりが近かったのだろうか、それは覚えていないけれど、その夜は何か今でも琴線的なものを刺激する思い出だし、湘南台最後の夜に引越しを手伝いに来てくれた両親とも行った。父親の運転が記憶よりも荒くなっていた。そのあともまだ肌寒い海を散歩しながら友だちと行ったり、また元同居人と行ったり、何かと気分のいい時間を与えてくれた。いつか彼女を連れていきたいと思っていた場所だった。相変わらず混んでいて、席につくまでに少しだけ待った。大好きだったイカスミのスパゲティを食べ、ホウボウの蒸したやつを食べ、トマトとルッコラのピザを食べ、4種類の前菜を食べ、白色のワインを飲んだ。前菜を選びに立って指をさす行為が今回も好きだった。昼間から、なんて素敵な時間の過ごし方をしているのだろうと思った。

そのあと極楽寺に出て、成就院であじさいを見た。階段の向こうまで両サイド、ずっとあざやかな青や紫や白が咲いていた。その先には墓場があった。

うとうとしながら渋谷。白山眼鏡店でメガネ購入。本当は今掛けているやつを買ったJUJUBEEで買うつもりだったのだけど、前を通ったらお店がなくなっており、あーあと思って道を入っていったら素敵なメガネ屋さんがあって入ったら素敵なメガネがあったので素敵なメガネを買った。似合うよ、と彼女が言ったので買った。

新宿に出、友人に教えてもらったぼるがに行ってちょっと飲んで、それからバスに乗って帰った。帰りは3列独立シートだったのでよく眠った。到着まで、途中の休憩にも気が付かないほどで、4列シートとは雲泥というか天と地というか天が雲で泥が地だから違いはないだろうけれども本当にまったく居心地が異なった。4列と3列でそう価格の変わらないプランもあるので(今回はたしか4500円と5000円だった)、必ず3列独立シートを選択したい。


最近見た映画(『夜よ、こんにちは』『未知との遭遇』『宇宙戦争』…)

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6月に入ってから布団に寝っ転がりながら映画を見始め、半分ぐらい見て寝る、翌日続き見る、みたいなことをおこなっており、なんかまあぼんやりと、いいのかなこんなんで、というレベルでぼんやりとしながらいくつか見たので短い感想というかメモ。しかしなんのために。

 

夜よ、こんにちは(マルコ・ベロッキオ、2003年、イタリア)
冒頭の花火、野外の昼食会のときの歌、女の見せる涙、監禁されたアルド・モロの見せる強い表情、そして明け方の彷徨。実際に起こったこと、起こり得たこと。人間である限り、決断にはいつでも逡巡や反対が潜むこと。

 

未知との遭遇(スティーヴン・スピルバーグ、1977年、アメリカ)
子どもたちの生気を失った立ち姿。そのとき人間と幽霊の境がなくなること。トンネルの中の運転の画面に唐突に宿るなんか車が猛々しく走ってるなーって感じ。走るもの。激突。
人間の消尽がアメリカではUFOに帰されるのに対して日本だったら神隠しの話になるんだろうなーというなんか規模感のギャップ。別にいいんだけど、UFOの方が楽しい。
未知とのコミュニケーションが音声という太古のものでおこなわれること。実に祝祭的だったこと。宇宙人とのダンス。

 

L.A.コンフィデンシャル(カーティス・ハンソン、1997年、アメリカ)
DVDのメニュー画面がちょっと佳境すぎるだろその場面、というところを映していること。ワクワクドキドキしたいんです、今晩は、という気分に沿った映画だったこと。とても満足したこと。最後の眼鏡のあいつの判断が大好きです、その計算高さ、最高です、ということ。

 

モールス(マット・リーヴス、2010年、アメリカ/イギリス)
なんか勝手に『青の炎』的な(これ私大好きなんだけど)好きな子が家庭の事情で悪いことやっちゃったー、でも大好きー、みたいな暗くて悲しい話だと思ったら、そうには違いないんだけど直球のヴァンパイア話だったのでびっくりしたこと。クロエなんとかちゃんの老化が激しくて恐ろしくなること。成人したらどんなふうになるのか、けっこう怖いなと思うこと。
それにしてもなんか本当にどうでもいいの見ちゃったなと思ったということ。

 

宇宙戦争(スティーヴン・スピルバーグ、2005年、アメリカ)
やっぱり最高だったこと。息子のロビーが西武の涌井に見えたこと。


トゥルーマン・ショー(ピーター・ウィアー、1998年、アメリカ)

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ソーシャル時代のトゥルーマン・ショー/退屈な日常にさよならを – デマこいてんじゃねえ!

この記事を読んで久しぶりに見てみようと思って見たのだけどやっぱり面白かった。

脚本のアンドリュー・ニコルらしさなのか、『TIME』同様で細部に妙なぎこちなさを覚えつつも、ハラハラ、ドキドキ、なんてことだ!とちゃんと楽しみながら見られた。

特にジム・キャリーが自分の住む世界の欺瞞にほぼ確信を得て妻を連れだして車をぐるぐる走らせるときの白目を剥き舌を出しながら声高に笑うあたりなどは『悪魔のいけにえ』で車椅子のおにいちゃんがおかしくなっちゃったときの様子とほとんど一緒だし、そのあとの激しい夫婦喧嘩のさなかで妻がココアの宣伝をおこなう際のこわばった笑顔とか、あるいは冒頭から何度か繰り返されるジム・キャリーのコメディタッチの反り返り笑いとか、ときおり顔をのぞかせる凶気が見所だった。また、最後にボートの舳先が空を模した巨大スタジオの壁にぶつかるとき、その壁を破ろうとジム・キャリーが叩いたり蹴ったりしながら「おいおいまさかほんとにほんとだったんだこの作り物の世界的なあれこれ」という呆れとか諦念とかを全身から発散させるあの感じや、空を歩いて行くあの見え方や、全世界に向けられた大仰なおじぎや、そういったところがすごくよかった。

トゥルーマンはあのあとどうやって暮らすんだろうか、自伝を出したり講演をしたりして莫大な富を築くんだろうか、ということが気になった。

 

 

 


ミッドナイト・イン・パリ(ウディ・アレン、2011年、アメリカ/スペイン)

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久しくウディ・アレンにワクワクできなかった私が『人生万歳!』に快哉を叫び歓喜の涙を流したのは、画面のそこここにウディ・アレンの徴めいたものを見て取ったからで、そこからわかったことは結局私は70年代とか80年代の、『アニー・ホール』だとか『ハンナとその姉妹』だとか『ラジオ・デイズ』だとか『マンハッタン』だとか『カイロの紫のバラ』だとか、そういった時期のウディのおもかげばかりを追いかけながらしか彼の映画を見られないというだった。なんせウディである。スティーブンともジャン=リュックともフランソワとも慎二ともテオとも貞雄ともアルノーとも呼ばないのに、アレンではなくウディと言うのである。
主に大学生の時に、何度も何度も私は彼の映画を見て、その時期の映画をVHSやDVDや文芸座や早稲田松竹で見て、その饒舌や屈折や虚勢や微笑に、他人ごとではないような何かをいたく感じながら画面に向かって大好きですと、全部信じていますと、そう誓ったのだった。『アニー・ホール』は私のというか僕の小さな映画史に燦然と輝く作品であり続けたのだった。

だから、特に2000年に入ってからの、とうとうリアルタイムで追えるようになったウディが発表してくる映画は、毎回大きな期待を持って見にいく分だけ毎回大きな落胆を私に与えてきた。そこにはぺちゃくちゃとああでもないこうでもないと話し続けるウディの姿はなく、あるのはただ、と思い出そうとしてもさっぱり思い出せない。サスペンスとかがあったような気がするし、バロセロナで恋をするようなのもあった気がするし、という、それぐらいしか思い出せないほどになんかほんとうにどうでもよかった。

という中で見た『人生万歳!』は本当にもう、万歳だった。ウディ本人ではなかったがウディにしか見えない中年の男が漠然とした不安に苛まれながらそれを払拭すべくひたすらにチクチクと陰気なことを言い続けて、でもダメで、おかしくなりそうな夜にソファでフレッド・アステアの映画を見るなんて、『ハンナとその姉妹』での、病気への怯えとその末の自殺未遂とふいに入った映画館で見るマルクス兄弟の映画に救われるウディの姿そのものじゃないかと、私は言うに言われぬ万感の思いにやられて鼻をずぴずぴ言わせながら落涙したのだった。在りし日のウディのすべてがここに再現されていると、私は映画館を出てなお、呆然とし続けたのだった(ただし5分ほど)。

再現。ここでおこなわれたものは映画を見るということではなくて、私の中にあるウディの記憶を再び生きるというたぐいのもので、それが実に不健全なものであることは重々承知はしていた。再現なんて不健全だし不誠実だし、なんというかもう、ダメなことこのうえない。

 

というもろもろの意識を今回の『ミッドナイト・イン・パリ』は見事に描出していて、主人公のオーウェン・ウィルソンはやはり完全にウディそのもので、不安な顔つきとか、てんぱったときの挙動とか、別人だとわかっていながらも本当にウディにしか見えない時間帯があったほどだった。そして彼はパリの真夜中に古いプジョーに乗せられて1920年代へトリップし、ヘミングウェイやコール・ポーターやフィッツジェラルドやピカソやダリやブニュエルやマン・レイやその他大勢の歴史に名を残す人たちと会ったり恋に落ちたりする。
ここで演出家であるウディ・アレンはオーウェン・ウィルソンにウディ・アレンの焼き直しを求め、オーウェン・ウィルソンは人生そのものに1920年代の焼き直しを求めたわけで、そしてその状況に私はやはり安直に歓喜してウディ!であるとかフィッツジェラルド!であるとかを思いながら安直な涙を流したわけで、なんというか、このねじれた追いかけっこのなんと不毛なことだろうか。
その不毛さは痛いほどに承知されていて、作中でも現在の人物の口を借りてそういったノスタルジー志向を「ゴールデンエイジ症候群」みたいな言葉で否定しているし最終的にオーウェン・ウィルソンが選択するのも現在を肯定して生きることになるのだけれども、なんかもう、私にもウディ・アレンにも、過去を賞賛し憧憬しながら生きること以外はできないんじゃないだろうか。なんせ、オーウェン・ウィルソンが最後に、現在の真夜中の雨降りのパリで出会って何やらいい予感がしそうな女の子の職業はノスタルジーショップ店員だし、なんせ私はそれを見届けたあとに流れるエンドクレジットのずっと変わらないウディ・アレンフォントにどうしようもなく胸をそわそわさせてしまうのだし。いろいろ諦めようと思った。私のような人間にとって、かつてスクリーンの中であったことや書物の文字の中で起きたことやそれを作った人たちの存在や歴史やその経験や経験した時間は、フィクションでもヒストリーでもなくてなんというかただ単純に強固な現実の一つで、あまりにも私の人生を構成する大きな要素の一つなのだから、なんかもう、なんというか、その豊かさをただただ蓄積させたい。なに書いてたんだったかわけわからなくなった。


5月、下旬

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作ること以上にと言ってしまっては言い過ぎだけれども、プロとアマチュアの違いは、自分が作ったものに対してどれだけ責任が持てるかというところにあるのじゃないかと最近思ったり思わなかったりして、自分が作ったものを何かで見せようとするときに、自分の満足のいく形でそれを提示するための労力あるいは金銭を惜しまないか惜しむのかは、すごく大きな違いというか何かを分かつぐらいの大きさの違いなのではないかと思った。
それとはまた別の話だけど最近はなんというか最近もなんというか日々は常に発酵しながら、酸っぱい匂いを立てて過ぎていく。それを見送るのが精一杯で何ひとつ、自分の思うようにはできていないこの現状に歯がゆさを通り越して諦念すら覚え始める。こうやって勝手に諦念という体のいい言葉で終えるのがアマチュアで、そうじゃないのがプロ、と、なんのこっちゃ、自分でももはやわからないことを言い募るのがプロ市民。なんだったか。忘れた。何か書きたいことがあってこうやって打鍵を始めたような気もしたけれども全部忘れたような気になった。

ここのところは本も読まずに映画も見ずにひたすらお店のwebページを制作していて、面白くて夢中になって毎日遅くまでというかほとんど日がのぼり始めるぐらいまでパソコンの前でああでもないこうでもないとやっているのだけど、その事態に我ながら驚く。何かに対してこんなふうに夢中になることってあっただろうかと疑う。こんなに夢中になることがwebページの制作という、まったくの畑違いの、まったくのド素人の出来事であるというこの事実におののく。
私は表現という言葉が嫌いで、何か、芸術というのかそういったたぐいのものに対して表現という言葉は使いたくなくて、作業だと言いたいと、そう事あるごとに言ってきたというか誰に言ってきたのかわからないのだけど思ってきたのだけど、コードを書いてページがどうなっているのかを確認してまた書きなおしてのようなことをやっていると、もしかして表現ってこういうことなんじゃないかとふいに行き当たった。見せたい形が確定していて、それを再現するために技術的な問題と直面しながらああだこうだやることこそが表現なんじゃないだろうか、というか、表現という言葉がいちばん居心地よく落ち着く場所なんじゃないだろうか。それが上等なのか下等なのかはわからないけれど、表現ってこういうことなんじゃないだろうかと、夜な夜な考えた。事前に確定、再現、技術、この3つのタームが関わるものが表現だと、今のところそう思うことにした。

だから、というか、だから、というか、だからここのところは本当にまったく映画も見ていなくて小説も読んでいなくて、いったい『逆光』はいつ読み終えるのだろう。月の初めごろはわりとちょいちょいと読み進めていて、このペースなら今月中には、と思っていたけれども5月ももう終わる。5月は、というか毎月、本当に「あ」という間に終わっていく。年末に読み始めて、いまだに読み終わらないというのは精神の怠惰以外なにものでもない。多忙という言葉は愚者のためにあるので、私はその言葉を使わないと何かのライフハック記事を読んで思わなかったのだけれども、それに従ってみても私は結局のところ余りあるほどに愚者であり、まったく馬鹿げている。店のwebで、いったい何をやりたいんだろうか。店の名義でいったい何を書きたいんだろうか。作ることが先にあってその後のことはほとんど何も考えていない。到達する先に自己の満足すら見いだせないこの不毛はいったいなんなんだろうか。

馬鹿げている。今日も昼ごろに起きて文房具屋やハンコ屋に行って必要なことをこなしたあとは店に行ってひたすらwordpressをいじくっていて、タクソノミーがどうとかタームとかjquery?なんのこっちゃわからないものをカタカタといじっては確認、落胆、確認、落胆、ハッピー、という工程を夜までやり、映画館に行って映画を見たら感想にも書いたけれども清々しいまでにどうでもいい映画で、それはそれで楽しかったし彼女も「友だちの恋バナを聞くのって楽しいよねっていう感じだよね」と言っていてああそれだなと思って店に帰ってきてカレーを食ってビールを飲んで、映画の中でジュリア・ロバーツが作家の夫に向けて小さいディック、小さいディック、と枕元でささやくシーンがあるのだけど、その続きにブログ命のルーザーと罵って、思わず笑ってしまったのだけど、それに則る形で私もこうやってブログを書いている。私は小さいディックのブログ命のルーザーであり続けたいのだろうか。小さいディックのブログ命のルーザーは電気羊の夢を見ているのか見ていないのかは推し量れないにしても今宵も笑顔で眠るのか?


幸せの教室(トム・ハンクス、2011年、アメリカ)

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清々しいまでにどうでもいい映画を見るというのも悪くないものだった。見るそばから見ている事実そのものを忘れていくような、そんな素晴らしい時間を経験できた。

予告編を見て、トム・ハンクスやジュリア・ロバーツがいるだけで映画はなんだかいいものだなあと、どうせウェルメイドな大人のラブストーリーなのだろうと、そんな期待を持って見に行ったのだし見たあとの感想もおそらく「ウェルメイドな大人のラブストーリーだった」というものになるだろうと高をくくっていたのだけれども甘かった。
冒頭で「A Tom Hanks’s Film」と出た瞬間に抱いた懸念が現実のものとなった格好で、『ターミナル』や、あるいは『プリティ・ウーマン』で素晴らしい演技を見せたハリウッドの素晴らしい俳優たちを素晴らしい俳優たらしめるためには結局スピルバーグであるとかマンゴールドであるとかの名監督が必要なのかもしれなかった。あるいは一流のチームが。

主演監督脚本をつとめたトム・ハンクスは結局ジュリア・ロバーツとチューをしたかっただけなのではないのか、本当にモチベーションはそれだけだったんじゃないかというような、機微とかそういったものをまったく度外視したような話の結構は、なんというかもう、本当に、いいよ、それでいいよ、トム、と言ってあげたくなるような感じだった。清々しかった。実際、本当に別にそれでいいんじゃないかと感じた。ジュリア・ロバーツはたしかに魅力的で、トムにホの字になったときのドギマギした感じとか、笑顔とか、何歳なのかわからないけどいいぞ、ジュリア、という感じだった。

予告編で「これは見たいなあ」と思った夜のスクーターのシーンは意想外にチャラチャラした音楽に彩られてしまって、ああもう、本当にどうでもいいなと思った。
スクーターの記憶というと、ホウ・シャオシェンのというかスー・チーの姿であるとか、池田将の『亀』の新聞配達であるとかを思い出すのだけど、実際、どうだったんだろうか、あの音楽さえなければ、というかもう一工夫というか何かちょっとしたものがあれば、この映画のスクーターのシーンもそれになったのではなかったか、だってトム・ハンクスとジュリア・ロバーツの2ケツなんだから、と思うのだけど、きっとそういうことじゃないんだろうと思うことにした。

結局、本編の改竄と言っても差し支えなさそうな気がする予告編がよかった、という結論になった。

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チェルフィッチュ/現在地(2012年5月7日@イムズホール、福岡)

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ヒップホップはあまり聞かないけれどスラックとブルーハーブはとても好きでみたいなのと同じような感じで演劇は見ないけれどチェルフィッチュだけはやたらに好きで、2006年にスーパーデラックスで『三月の5日間』を初めて見て以来、DVDを買ったりもう一度『三月』を見にスーパーデラックスに行ったり『エンジョイ』や『フリータイム』を見たり岡山に来てからも鳥取行って『三月』を見たり神奈川のKAATで『ゾウガメのソニックライフ』を見たりとわりとできるだけ見ようと重い腰をあげているというか、あげさせられているという感じがしてとにかく大好きというか『三月の5日間』は現代の日本においてもっともアクチュアルな表現行為というのか作品というのかよくわからないけれどもそういうものなんじゃないのかというレベルで崇拝というか大好きで、とにかく好きで好きで仕方がなくて、あまりに切実で、あまりにピンポイントで私を刺してくるのでたしか『フリータイム』を見たあと、あれは大学卒業間近か直後の、つまり2008年の3月だったと思うけれど『フリータイム』を見たあとに近くの、たしか六本木ヒルズのタリーズの横ぐらいにあるカフェみたいなところで友だちと茶をしばいていたら横の席に岡田利規が来たので震える声で勇気を振り絞ってすいませんさっき買ったこのDVDにサインをしてください大好きですと、そう言ったのだし、また、大学の佐々木敦の授業のゲストスピーカーで来られたときとか、あるいは鳥の劇場のときとか、私は無謀にも挙手のち質問という愚挙に走って、ああですか、こうですか、と問うたりして胸をドキドキとさせる、という、自己同一性を揺るがされるような行動つまり自分らしくもない行動に走らされるほどに、私はだからチェルフィッチュがというのか岡田利規がというのか大好きですというのか、大好きであって、大好きという語がこれだけの文章のあいだにいったいどれだけ出てきたんだというほどにいったい大好きであるからどうしようもないのだけどど、だから、それで、今回は神奈川はさすがに遠いかなというか遠いよなというところがあったので福岡は博多に行って『現在地』を見てきた。

 

先日柴崎友香読みたさで買った新潮にあった震災後あなたの何かしらはどう変わりましたかみたいなのを100人だか50人だかけっこう大勢の小説家に聞く企画のなかに岡田利規の名もあって、そこで彼は震災を経てものすごい変わった、フィクションを書けるようになりたい、みたいなことを書いていて、あるいはネットで見た記事でも現実を挑発し現実に拮抗するものとしてのフィクションを強く立ちあげたい、みたいなことを言っていて、いったい、岡田利規の現在地はどんなことになっているのか、期待および不安のないまぜになった状態で見たのだけど、本当に、そこにあったのは真っ向からフィクションだったというか、演劇ってこういう感じなんだよね、という演劇がそこにあった。

会場で買った『わたしたちは無傷な別人であるのか?』の公開リハーサルでの対談を収めた『コンセプション』をあとで読んでみて、その萌芽というか宗旨替えのようなものはこの時期から明確にあったんだということが知れたのだけど、もはや、役者たちはダラダラとあーその話し方あるよねーその言い回しみたいな感じで話し続けるわけでもなく、くねくねとあーその動き方考えたことなかったけどするよねーその腕とか脚とかみたいな感じで運動し続けるわけでもなく、セリフは明確にセリフという楔を打たれ切ったような、語尾も「わ」とか「の」で統一されたもので、神西清に訳された文章と言われても不思議でないような雰囲気だったし、動きも、体を傾けているだけでもそれが意識されるぐらいに極めて微細で、とにかく、そこで何が語られているのかに興味のほとんどが持っていかれた。そうやってチェルフィッチュを見ることはまったく初めてのことだった。そういう見方に終始していいのかは今でも不安があった。

 

話は、一応はとある村に災厄が訪れようとしている、あるいはもう訪れたという噂が立って、7人の女がそれぞれの立場を表明したりしなかったりして、逃げ出したり逃げ出さなかったりして、という話なのだけど、暗にというよりはほとんど露骨に、震災後の、基本的には東京の、放射能汚染という状況あるいは情報に対してどう振る舞うかということが主題となっていた。

噂に恐怖してその恐怖を共感してもらいたくて泣きながら話すけれど共感が得られない状況に絶望して今は自分を狂っていると言う者が多いけれどきっと少しすれば自分が言っていたことが正しかったのだと思ってくれる人が今よりも多く出てくるはずだと言う者、これまでは一人でも十分だったけれど何か漠然とした不安に覆われて絆を求める者、住んでいる土地を捨ててよそに移ろうとする者、噂を真に受けることを拒否してというか真に受けることとそれによって不安に飲み込まれることに怯えて他者に危害を加えてしまう者、各人が各様のあり方でその現実を生きていく様が描かれていた。

印象に残ったのは、ある噂が立った時にそれを真に受けるか拒否するかという判断も難しいけれど、それ以上に噂に対して自分と異なる判断を下したものとどのように付き合っていくかということの方がずっと難しいという言葉であったり、強さを持つ人、強さをまとって行動する人は、そうでない人にとって脅威になるのではないか、人を傷つけることのない強さを身に着けたいと、そう思うけれどそれは言葉のあやとしてしか成立しないもので、強さとは本来的にそれを持てない人を傷つける装置として機能してしまうものなのではないかという言葉であったり、不安に見舞われて、その不安をわかってもらいたくて伝えたら相手が「大丈夫だよ」と言う、安心させようとキスをする、そんなのは欲しくない、不安の側に少しでも下りてきてほしい(あんま覚えてない、全然ニュアンス違ったかも)みたいな言葉だったり、滅亡の危機によって移住すると言うけれど本当はそれは後付の理由でしかなくてそもそもこの土地を出たかったからこの機に乗じてというだけなんじゃないのという言葉だったり、とにかくそういう言葉の数々だった。相変わらず、岡田利規という人はものすごく鋭い視点を持っていてそれをものすごく鋭く言葉に変換するなという印象で、もう一度、テキストでもいいからそれらの言葉を聞きたい。

特に強さということについては特に考えさせられるというか思うところがあって、ここで語られていた強さは滅亡したあるいは滅亡しそうな土地を捨てて新たな土地に移りそこで仕事を得、十全に生きる、という類のものなのだけど、劇中でも強さは人に脅威を与えてるものなのではないかと話す人物がいる一方でそれをまだ若いわね、もう少しすればそればかりじゃないということがあなたにもわかるよとやんわりと応酬する人物がいたように、どちらの立場もあるような描き方がされていて、これは、熊本に移住したという岡田利規にとっても振れ幅というか色々な立場の相違が明確に見える部分なんだろうなと思った。というか、怖ろしいまでの冷徹さというか冷静さで移住というものについて考えているんだろうなと思った。どんな情緒にも流されないこの感じは、凄まじいと思った。なんだかものすごいものを見た気がした。

 

形式についてはよくはわからなくて、全員が舞台には上がっているのだけど、立って話しているとき以外は椅子に座ってまるで発表を見るような体勢で役者の演技を見ているという感じの上がり方で、その中で演劇内演劇が始まったり、なんとも不思議なレイヤーの重なり方があるように思えた。最後に、村を脱して宇宙船で移動している、村は滅亡した、という語りと、村はその後の半年に渡る降雨によって回復し、元の穏やかな世界が戻った、という語りが順番におこなわれて、あれは何を意味しているのだろうか。どのレイヤーも現実であり、どのレイヤーもフィクションであるというような印象を受けたのだけど、そのとき、フィクションもまた現実に成り代わるのだろうか。どんな立場を選択しようともそれぞれがそれぞれの正しさで正しくて、そのとき、異なった正しさは並行世界めいた形で成立するということなんだろうか。

 

それにしても終始、青柳いづみの存在感が素晴らしかった。恐ろしかった。

 

この世界を脅かすフィクション チェルフィッチュ『現在地』 -インタビュー:CINRA.NET

岡田利規 – コンセプション(BCCKS 天然文庫)

・チェルフィッチュ 「現在地」予告第2弾- YouTube

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